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アメリカでの起業は難しくない!
日本人が苦手とする米国式経営のコツ
今回のポイント
- 経験、人脈の不足を補うには信頼できるアメリカ人と組む
- 米国式経営で最も重要なのはオープン・コミュニケーション
- アメリカ人との行き違いも誠心誠意尽くせば解決できる
大手総合商社に勤めていた森本一成さん(仮名)は、6年間の米国駐在中に、将来は米国で起業したいと考え、一応永住権を取得した。駐在期間が終わり、いったん帰国するが、夢が早く実現したくていても立ってもいられなくなったという。年齢よりも実力を重視する米国で独立するなら、若い方がいいとアドバイスしたところ、森本さんは9年間勤めたその会社をさっさと退職し、再び米国に渡った。
商社時代の財産として、米国での経験と人脈があると自負していた森本さんは、食品の貿易を始めることにした。新しい食品を米国で探し、日本に売る商売を考えたが、有望な商品が見つからず、なかなか商売にならない。
悩んだ末、再び相談に来られた森本さんに対し、私は商社での経験は専門家といえるほどのものではなかったことを指摘し、その弱点をカバーするために、その道のプロを探し、雇うかもしくはパートナーとして組むことを勧めた。森本さんの強みは、むしろ日本での人脈や情報網だったが、米国での人脈や情報網がないことには、実はビジネス上致命的な弱点だったのだ。そこに気付かなかったこと自体、彼が業界において素人であったことが分かる。
そこで徹底的に探し回った末に、経験豊かで米国の商品業界に人脈のあるアメリカ人を見つけ、副社長として迎え入れることにした。報酬は、固定給部分を少なめにし、成果に応じた配分をすることにした。また、将来ナスダック上場を目標にしていることから、ストックオプションの権利も与えた。
さらに、卒業後も七年間そこで働かせてもらい、その間に永住権も取得。大森さんは、「永住権を持たないとアメリカで起業することが難しいと知った。一日も早く独立したかったが、永住権が取れるまで会社をクビにならないよう必死に働いた」と当時を語る。
さらには、ほかの企業との「戦略的パートナーシップ(提携)」を次々に行い、資金をかけずに事業を拡大していくことを森本さんは実行した。その結果、二年間で会社は急成長し、1500万ドル近くの売り上げと150万ドルの純利益を出すまでになった。従業員も創業時は森本さんと奥さんの二人だけだったのが、32人(うちアメリカ人21人)の陣容になった。この躍進に大きく貢献したのは、アメリカ人副社長が連れてきた営業スタッフ5人が即戦力になったことだった。
これで会社も軌道に乗ったかのように思えたが、創業4年目に大きな事件が起きた。アメリカ人副社長が突然会社を辞め、すぐ近くに競合会社を設立、のみならずゆうしゅうなスタッフ15人(全員アメリカ人)を次々と引き抜いてしまったのだ。森本さんはショックで3日間寝込んでしまった。最も信頼してきた副社長が、突然彼に挑戦状を突きつけてきたのだから無理もない。
コミュニケーションが重要
依頼を受けて理由を調べてみたところ、日本人経営者(日系企業)が最も陥りやすい根本的問題が潜んでいることが分かった。すなわち米国で商売をしているにもかかわらず、米国式経営を行なっていなかったのだ。
具体的には、以下の6つの点が指摘できる。
(1) 社長トアメリカ人社員とのコミュニケーション不足(日本人社員には日本語でよくコミュニケーションがなされるのに対し、英語が苦手なことからアメリカ人社員と殆ど会話がなく、差別感を関させる)。
(2) 重要なことは全て社長か日本人経営幹部が決定し、そのプロセスが不明瞭(ナンバーツーのアメリカ人副社長でさえ、意思決定に参加できず、決定事項が後で伝えられる)。。
(3) 会議はほとんど日本語で行なわれ、日本語で結論が出されることが多い。
(4) 業務目標が明確ではなく、その伝達も社内(特にアメリカ人に対して)ではほとんどなされていない。
(5) 成果主義とうたっているが、その評価はほとんど社長の独断であり、評価の仕方・理由のフィードバックもない。
(6) いつも社長が全社員(特にアメリカ人)の言動をチェック(監視)しているようで社員は窮屈に感じている。
これらの6つの問題は、共通の根本的原因から発生している。それは、アメリカ人が職場を選択する際には最も重要とみなしている「オープン・コミュニケーション」の欠如だ。これは、米国式経営の最も基本となる点であり、米国系シンクタンクのひとつ、Families and Work Institute の調査結果(National Study of the Changing Workforce)によると、65%のアメリカ人が、評価する際の最も重要な要素として「オープン子・コミュニケーション」をあげているという。
商社にはいたが、理系出身で技術者タイプの森本さんには、オープン・コミュニケーションによる会社経営は、どうやら荷が重かったようだ。
そこで私が提案したのは、アメリカ人副社長を社長兼最高経営責任者(CEO)として呼び戻し、大株主である森本さんは、代表権のない取締役会長として身を引き、経営をその有能な元副社長に任せることだった。幸いにも森本さんの元副社長への心からの謝罪と必死の説得により、彼は戻った。あれからすでに二年が経つが、会社の業績は売り上げ、利益、従業員数それぞれ二倍近く伸びた。
この経験を通じて森本さんと私がともに学んだことは、「オープン・コミュニケーション」が米国における経営でいかに大事であるかということ、そしてあきらめず誠心誠意尽くせば、常識のあるアメリカ人なら必ず分かってくれるということであった。
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